第1回 進化するサル、進化を拒む人類
高千穂町で生まれ、一度は飛び出して国内外を飛び回ったあげく、高千穂に舞い戻り、故郷に根を張って生きている男の生活雑記。仕事、住民運動、子育てに追われ、年中せわしなく動き続ける中年男性の〝脳内革命〟を書き起こす。
若いころ、スリランカを旅した。世界文化遺産でもあるシーギリヤ・ロックという巨大な岩の頂から眼下を見下ろすと、一面の緑の中に細く伸びる道路と、その脇に点在する小さな村々が見えた。
「日本と違って、この国では自然の中に村があるんだなあ」。スリランカの自然の豊かさと人々の暮しに思いを馳せた。

あれから30年ほど経つ中で、高千穂の集落を歩き、自分の置かれている暮らしを見てみると、なんのことはない、自分の町も自然の中に在るのが分かる。
自宅から望む景色も、スギの木立が目の前にあり、その向こうには見えはしないが深さ100㍍ほどの谷。そして山々に空と雲が広がる。空から見下ろせば、シーギリヤと同じように、緑の中にぽつんとあるのがこの町の姿だろう。
子どものころから、この町の自然の中で遊んできた。それでも若き日の認識としては、自分の暮らしている生活圏は「街」であり、テレビから流れてくる東京からの情報に毒され、〝経済大国ニッポン〟で生きる感性ばかりが育っていたのかもしれない。表層的な情報ばかりに頼り、高千穂の自然と自分の意識が結びついていなかったのだろう。
海外を旅する中で無意識のうちに他の国と日本を比較し、また、高千穂で農業の手伝いをしたり、カメラを持って集落を歩いたりしている中で、ようやく郷土の姿や暮らしをはっきりと感じるようになった。
そこには、そこで生きてきた住民の暮らしの豊かさや歴史があった。自然と調和のとれた人々の営みはしかし、過去の記憶へと変わろうとしている。
ご多分に漏れず、この町も、人口減少、少子高齢化、過疎化、社会インフラの荒廃と、農山村の抱える個別の様々な問題を抱える。町に人々のエネルギーが満ち満ちていた時代はとうの昔に終わり、その時代の終わりと変容のときに、今がある。
玄関先でブドウを盗み食い
玄関のすりガラスに黒い影が動いた。不審に思って戸外に出てみると、立派な体躯の猿が1匹、カーポートに吊したブドウの枝にぶら下がっていた。2026年7月末のことである。ホームセンターで買い求めた苗木を植えて3年目。今年、ようやく実をつけ始めたところだった。
我が家に猿が出るなんて初めて。いや、僕が暮らす地区全体でも滅多にない。記憶を遡っても、片手で数えるくらい。かつて見かけたときには、こっちを見ると、おびえて逃げ出すような若いサルで、かわいいという印象しかなかった。
今回のサルは様子が違う。がっちりとした体格で、堂々たる態度で人様の家のブドウの枝にぶら下がり、さらにカーポートの屋根に登って、余裕しゃくしゃくの顔つきでブドウの実を食べている。

せっかくできたブドウを全部食べられてはたまらない。少し距離を置いたところから、「ワン!」と声に出して威嚇してみた。なんとなく、「犬猿の仲」という言葉が頭に浮かんだからだ。シカやイノシシを追う猟犬のイメージもあった。
ところが、これは逆効果だった。サルは牙をむき、「キーッ」と鳴き、逆にこちらを威嚇してきた。思わず、ひるんでしまった。
怖じ気づいてしまい、いったんその場を離れ、気を落ち着かせる。サルは家屋の屋根をうろうろと歩いたかと思うと、またカーポートの屋根の上に戻ってブドウを食べている。看過するわけにはいかない。
サルに気づかれないようにカーポートの下へ潜り込み、竹ぼうきを手にとった。薄曇りの屋根に透けるサルの姿に狙いを定め、竹ぼうきをドン!と突き上げた。
逃げ惑うサル。再びドン!と突くと、カーポートから走り去った。竹ぼうきを握ったまま、下の道路の先まで追いかけ回した。「こら~!」と大声を発しながら、心の内では「向かってこないで~!」と念じながらの撃退作戦は成功裏に終わった。
僕はやってない!
その数日後。娘の友だちから「(お宅の)玄関先に子ザルがぶら下がっていたよ」と通報があった。帰宅すると、現場には、紫や緑のブドウの皮が散乱していた。先日の大人のサルは、熟れると紫色になるブドウの特性を知っていて選別していた。今回のサルはその知識がなく、手当たり次第に食べたのだろう。子ザルの方が、たちが悪い。
何も知らない母からは、ブドウを食べ散らかしたのが僕のしわざだと思われ、「みっともない」と叱られた。妻からは「車の上に登ってほしくないからブドウの木を切って」と迫られた。こうなると、ますますサル憎しである。昔話の悪者としてサルがよく登場するのも、よくわかる。
今回のサル騒動、10月になっても町の防災無線で注意喚起が出されている。住宅地にも、果樹のある家が多くある。ブドウ、イチジク、クリ……これからの季節はカキが実をつける。冬は分からないが、春には桜桃、ビワもある。ここはいいところだぞと、このまま定住してしまうのではないかと心配になる。
1、2匹のサルでこの有様だ。群れで現れたら手立てがない。実際、県内には、シカやイノシシに加えてサルも出没するため、ウメとユズしか作れないという地域もある。町内でも、もっと山深い地域では原木シイタケがサルの被害に遭っていると聞く。
シカ、イノシシだけでも大変なのだ。サルの参戦は勘弁願いたい。
各集落を歩けば、獣害対策のための銀色の防護柵が田畑を囲う。いや、もう集落全体を囲んでいると言っていい。住民たちは「動物園じゃないけれど、どっちが檻の中で暮らしているか分からんね」と、自虐的にわらう。そして、「クマだったらもっと大変だったね」と、東北地方などのクマ被害を引き合いにして語り合う。

獣たちも必死なのだろう。それにしても、人間の弱体化、町の衰退化を思わずにはいられない。人口は減り、猟師の高齢化が進む。田畑も放棄され、獣たちはさらに勢力を拡大し、やがて小さな村々を飲み込んでいくだろう。日本の食糧自給率の低さが取り沙汰されるが、国土の6割超を占める中山間地でのこの有様は、やがて人口の集積地にも及んでいき、ますます食糧への不安は広がるだろう。
環境適応の進化をとげる動物
昔、隣町の古老が教えてくれた話がある。「昨今のシカ、イノシシの獣害は、オオカミやクマが絶滅したのが原因ではない。獣たちの最大の天敵は人間だ」と。昔はかなりの山奥にまで、人は住んでいたそうだ。
炭焼きや山師が山を下り、人間の居住域が小さくなるにつれ、獣もその生息域を広めてきた。もちろん、人工林ばかりの山で、獣の住環境が生きるに厳しくなったのもその直接的原因ではあるのだろう。
その古老がもう一つ伝えてくれたことがある。動物は、7世代かけて身体を作り変えていくという話だ。
今の高千穂のシカは小型化し、経産回数も年2回に増えた。食性も雑食化し、沢ガニを食べるものまで現れたという。小型化したことにより、スズタケだったら真ん中を折って葉を食べるようになった。そのことによりスズタケも減少し、それにしか巣をつくらない小鳥たちも減り、山は今、とても静かになったということだった。つい先日、畑でもタカキビ(高黍)が同じ被害にあったと、友人がSNSに載せていた。
ネット検索で興味深い話に出会った。恐竜などが大量絶滅した際、「小型化した哺乳類は絶滅を免れた」という説だ。
小型化することで、必要な食糧が少なくてすむうえ、地中や岩場に隠れることもでき、急激な気候変動から身を守ることができたという。同時に、〝多子短命〟になることで世代交代が早く、環境適応の遺伝的進化が速くなったという。
高千穂に生きるシカも、ほかの獣たちも、まさに環境適応の進化を進めていると考えられる。一方、人間は、ひたすらテクノロジーに頼り、肉体的な進化を自ら拒んでいるようにも思える。
資本主義の消費社会の中で、現代人は「経済に生き、生存に死す」というジレンマに陥っている。目先の利益、目先の合理化を追い求め、心身の滅びそのものを社会的、生物的に受け入れてしまっているような気がする。
自分たちの暮らしにとって本当に大切なものを優先するならば、信仰の対象であり、獣たちのすみかでもある山々を、いつまでもスギやヒノキばかりの人工林にせず、天然林に戻していくべきだろう。それが出来ないのは、採算に見合わないからだ。獣害が増え、洪水被害が頻発することが分かっていながら、目先の利益・合理化に抗えずにいるのだ。
夕立のなかった今夏、蛇を見ることがなかった。カラムシの葉にカッポンタン虫も見なかった。激しい環境の変化に、自然界も変化を余儀なくされているのだろう。人間だけが、そのままでよいという理由はないはずだ。
ゴミ置き場さえ維持できない
先日、地域のゴミ置き場の草刈りがあった。僕の地区では、8世帯で小さなゴミ置き場を共有している。背後の土手も、周りの道路も、住民の手で除草している。ところが、この作業がままならない。
高齢化が進む中、みんなで協力していた草刈りも、「出来る者」の役目になった。本来なら、僕も率先して参加するのだが、今夏は腰を痛め、しばらく休ませてもらった。伸び放題の草たちを見かねたお年寄りが息子さんとともに刈ってくれ、僕も草集めを手伝った。
一通り作業を終え、みんなで雑談をしていると、4人中3人が腰痛を持ち、元気なのは1人だけということがわかった。身体をしっかり整えておかないと、地域のゴミ置き場さえ維持できないのである。
しばらく話し込んでいると、空き家の下から小さなムジナが出てきた。僕たちの姿に気づき、そそくさと逃げだしたのだが、近くのアジサイの後ろに隠れ、まるでこちらの話を聞いているかのように、その場にとどまっていた。草刈りの親子の話では、最近は毎日のようにムジナを見かけるそうだ。
その日の晩、夢を見た。詳細は忘れてしまったけれど、最後に墨で「獣道」と書かれた掛け軸を見たのは覚えている。
獣道――「けものみち」とは読まず、「じゅうどう」と読む。
柔の道、商いの道と同様に教義的な「獣の道」。
夢うつつのまどろみの中で、「人間よ、獣の生き方に学べ」という天の声だと受けとめた。
一般社団法人 高千穂あまてらす鉄道総合研究所研究員/日向時間舎代表/高千穂米100俵運動主宰/フォトグラファー&ライター/高千穂あまてらす鉄道運転士
藤木 哲朗
Tetsuro Fujiki
一般社団法人 高千穂あまてらす鉄道総合研究所研究員/日向時間舎代表/高千穂米100俵運動主宰/フォトグラファー&ライター/高千穂あまてらす鉄道運転士
世界放浪の経験が育てた自由で公平な視点から地域社会のあり方を研究し、実践する。